ヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

高さを強さにする

 拙書の「基本講座」では、高低差(声域)3度ドレミレドと、声量ド<ド>ド強弱差(声量)を同一の見地で述べています。ドからミへ音(ピッチ)が高くなるのは、体や息の負担でない。むしろ「高い方は楽になる」というのが反論としてありました(新刊版では説明を加えています)。

ここでは、振動と周波数ではなく、ドがもっとも出しやすいなら、ミは(あるいは下に3度低いラでも同じ)その台の支えをつくらないと同じには出せない―出せるようにする―そのために息や体が備わるということです。「息や体の力を強く使え」ということではないのです(違う高音を、音色を同じにして出すというのは、文章では伝わらないので、知りたい人はいらしてください)。

トレーニングでの補強

 今度は、長さ(小節)を省きます。あなたの器を100として、10×10つまり、声域1オクターブを10とし、声量に10を使うとします。

→声域を半分にすると5、その分、声量へ20をかけられます。

→声域を3音だけとすると、声域3×声量33.3…

→声域を1音(もっとも出しやすい1音高)声域1×100

 

 1オクターブで歌うと10ホーンでしか出せない人を、もっとも出る1音だけにすると100ホーン出る。極端な例として例えていますので、こんなことはありませんが、イメージしてみてください。

 たとえば「アー」と目一杯出してみればわかりますね。このままの声量で歌には使えません。歌には声域などがあるからです。カラオケの人は、声量を小さくして声域をとりますね。

この2つの他にも、長さ、メリハリ、音、リズムなどが同じように変数として使えます。目的は、器そのもの、トータルを増やしていくことです。

 そこで、トレーニングでは、体、息、声、それぞれの器を大きくすることを目指します。さらに大切なのは、同時にそれらの結びつきを強めていくことです。そこでは深い息、深い声がポイントとなります。

 

バランスを変える

 ある1フレーズ(8小節くらい)をサンプルとします。あなたの歌うための声、器の容量が2オクターブで16小節とします。

 

 器(トータル)を拡げるイメージ

トータル=2オクターブ(使う声域)×16小節[伸ばす長さ]×声量

2オクターブなら8小節×声量1Q(単位は仮に1Qとする)

 

1オクターブ(8度)~8小節×2Q

半オクターブ(5度)~8小節×4Q

3音(3度)~8小節×8Q

1音~8小節×24Q

ここまでは、声域を1/2、1/2、1/2、1/2、としてきたという意味です(正確ではありません)。

1音~4小節×48Q

1音~2小節×96Q

1音~1小節~192Q

その後は、長さを1/2、1/2、1/2、1/2、としています。

2オクターブで8小節歌っていたのを、1音で1小節にすると192倍の声量(が出るわけではありませんが)かなりの大きさの声は出るわけです。

 

本質的なメニュとは

 誰にでも共通して必要な「基本メニュ」が難しいので、簡単にしたものをたくさんつくってきました。トレーナーにも、「これがいい」とか、「これはよくない」とかいろいろと言われているようです。しかし、メニュの形式でなく、目的を明確にすることが大切です。メニュそのものは、使い方で変えれば、どうにでもなるのです。一つか二つを徹底して使い込めたら、充分によいのです。

 たとえば、「母音はどの音、子音はどの音を使えばよいのか」というと、私たちのブログの「トレーナー共通Q&A」でわかると思いますが、それぞれの母音、子音にいろんな特徴があり、それによって可能性や処方があるのがわかると思います。どれか1つが絶対ということはないのです。目的やその人のレベル、タイプによって異なります。メニュを変えなくとも、使い方を変えれば対応できるのです。

 どれがよいとか悪いでなく、その人の今の発音や発声、目的にもよるということです。

 この研究所でも、トレーナーがそれぞれに使うスケール(音階)、母音、子音は、違うのです。おもしろいことです。その違いを超えて、学べたものが本質であることがわかります。すべての発音やスケールを学ぶ必要はありません。いくつかを使って全てに通じるものを学ぶのです。

 

メニュの使い方(外郎売り)

 ヴォイトレでは、声中心にしたいものです。それは当たり前のことなのに、日本ではそうなっていません。

 ヴォイトレで、本質的なことをやりたいなら、本質的なメニュとそうでないメニュを区別しておくことです。

とはいえ、こういう説明もあまり意味が伝わらないのは、同じメニュでも、その人やトレーナーの使い方で学べることにもなるからです。どんなメニュでも、使い方によっては本質的になるのです。

 たとえば、「外郎売り」は、滑舌のための早口ことばとして使われているメニュです。メリハリをつけて使うと、口上として表現力を磨くことができる魅力的な課題となります(初心者には、読むだけで難しいので、どうしても滑舌のトレーニングメニュになりがちです)。

 表情筋トレーニングは、高音の発声のためのメニュに使われています。本当は、高音を出していくと表情も動いてくるのです(変えずに最高音を出せるのは、パバロッティのレベルで一流)。そこで、兼任できる範囲までが望ましいともいえます。

 きちんとヴォイトレをやっているなら、姿勢のためのメニュなどは不要なのと似ています。退院したてのような人はヴォイトレの前に何か月か、筋トレ、柔軟、呼吸に追加して、発声せずに立ち方のトレーニングをした方がよいと思います。

 一人ひとり異なるのです。一人では捉えられないからトレーナーが必要です。トレーナーには幅広い視野と深い考察力が望まれます。

アナウンサーとキャスター☆

 日本はメディアに主義主張の偏向のあってはならない、というおかしな国です。正確に内容を伝えるだけが報道である、ということです。そういう本来はありえない未熟なジャーナリズムには、ルックス本位の人の未熟な声が魅力的なのでしょう。

 

 本当のことをいえば、発音トレーニングもいらないのです。口をはっきりと切り変えすぎるのはふしぜんです。アナウンサーが30代になり、朗読、詩吟などをやりたいなどということになると、先生に「素人より悪い」などと言われて、私のところによくきます。

何人ものアナウンサーをみてきましたが、役者のせりふやお笑いも噛み合いません。アナウンサーという職業病です。日常会話さえ、報道モードになる人も少なくありません

欧米では、一般の会話レベルは報道でなく、日本でいうところの演劇モードレベルです。アナウンサーは個性あるキャスターなのです。

 表現の本質をわかって、声を伝えるようにした人が、キャスターとなり40代、50代と活躍しています。たとえば、国谷裕子さん、森田美由紀さんなど。

 大竹まことさんのラジオ番組に出たとき、阿川佐和子さんに「役者の声は、もてますが、○○アナウンサーの声はどうですか」とふられ、「だめです。もてません」と答えたところ、阿川さんは「アナウンサーは。(句点)までしか読みませんが、役者はそこで切ったあとに、伝わらなくてはなりませんから…」というようなことを言っていました。「さすが」です。

ベテランアナと新人アナの違い

 若いアナウンサーの場合、日本では声もできていない状態でTVに出します。すると、どうしても発音のため、口形重視となります。表現力のないアイドルアナをすぐ起用するのが日本です。それをいうなら歌手も声優も役者もレポーターも、すべて似たようなものですが、できないのに出ているために見過ごされていた問題の例です。これは一流レベルでのセレクトがなされている国や分野では起こりえません。

1.口形のはっきりした、わざとらしいくらいの大げさな動き

2.そこでの発音

3.そこでの声

4.伝わる度合

これをベテランアナと比べてください。1~4の重点が全く逆の結果になります。

 ベテランは、

・よく伝わる

・声がいい、個性的

・発音は気にかけていないがクリア

発音の明確さは、本来は目的でなく、内容が伝わることが目的なのです。それがなかなかできないから、発音とルックスで何とかやっているのが、日本の新人アナです。もちろん、TVゆえ、口形も表現力の要素となりますが。

 

発音の前に発声(劇団四季とオペラ)

 声楽家が滑舌トレーニングを基礎に入れていないのは、口形を変えることで、声の質に影響が出てはよくないからです。魅力的な声の共鳴、輝きと発音のクリアさは最高音になると、両立しがたくなります。オペラ歌手は当然、共鳴の完璧さを取るのです。

 初心者の客は、ことば=ストーリー内容を聞きにくるのですが、通の客は、声を聞きにきているのです。オペラは原語で歌われるので、日本人にはわからないから声を犠牲にできない。ゆえに、ヴォイトレの目的と一致するのです。

 役者はことば命ですが、声はしぐさ、表情に従属します。死にそうな状態になりきれば、そこで出た声がリアルになるのです。そこがオペラとの最大の違いです。

 劇団四季は、母音の口形練習を徹底します。誰でも聞きとれるように発音重視の日本語にするため、喉に負担を強います。浅利さんが演劇出身で、ことば重視で音楽軽視なところがみられます。それは日本人にとても合っているのでしょう。日本人は、ことば、ストーリーの方にしか耳がいかないという私の論の証明になります。

 

口を動かさない

 私のテキストには声を安定させるまでは、あまり口を大きく動かさない(発音より発声優先)のです。その期間、あまり表情を使わない人は、補強するトレーニングを本に入れてあります。

高音の練習になるにつれ、表情は動き、太もものあたりにまで支えが求められます。そのあたりでのトレーニングをしていると、表情筋のパーツトレーニングは兼任されるのです。母音で1オクターブ統一できることを目指して下さい(この支えの感覚の要、不要については、改めて述べます)。

 「基本講座」には「へたな練習するよりも、腹を抱えて笑った方がよい」と述べました(これを声の本で最初に引用してくれたのは、巻上公一氏でした)。毎日、腹を抱えて笑っていたら、このトレーニングはいりません。

 目的は、声で伝えることです。発音の明瞭さは一つの要素にすぎません。明瞭なのはよいのですが、明瞭さにこだわり、声質、感情、間、メリハリが犠牲になっては、元も子もありません。

表情たっぷりに歌う人もですが、基礎の発声において、装飾のしすぎは禁物です。

 レッスンやトレーニングで滑舌(早口)に凝りたいときは、その目的でよいのです。

 

顔の柔軟性

 私のテキストにも、表情を各パーツごとに動かす運動を入れています。初心者や自主トレ用に入れたものです。私のレッスンや私自身は行っていません(ここのトレーニングでは似たことをやるレッスンもあります)。

声の調子の悪いときに少しやることはあります。表情がこわばっているときは全身、体の柔軟性も失われていることが多いのです。

 

 自分がやらないのに本のメニュに入れているのかというと、体力づくりや柔軟と同じような意味で、基礎レベル以前のことだからです。それの伴っていない人に、意識づけ、アプローチさせるためのものです。

 

私の頬はゴムまりのようにフワフワになりました。よく使っていたので、あまりやる必要がなかったのです。

 新人の営業マンはミラートレーニングでやらされますが、ベテランはいつも表情が柔らかくなっているので不要です。新人アナウンサーは早口ことばをやって、局入りしますが、ベテランは不要です。身についていたらよいのです。