トレーナーが個性的で、アーティストであるときの弊害は、そのファンになったり、ミニトレーナー化するケースです。
私は日本のすぐれたトレーナーが、そのトレーナーが好きな人ばかりの中に埋もれ、新たな才能を伸ばせなくなったのをたくさんみてきました。これは、トレーナーに限りません。それゆえイエスマンに囲まれる裸の王様にならない努力もしてきました。たとえば弟子を自らに敵対させて乗り越えさせるというのは昔よくあったやり方です。私は歌手でないので、棲み分けができたので、対立はしないのですが。
もっとも高いレベルを求める人でなくては、こういうこともうまくいきようないのです。