ヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

クリエイティブなスタンスをとる

私のレッスンでの尽力は、ヴォイトレではなく、その必要度を高めることにとられています。ですから、レッスンにおいて、大半の人に与える主たるものは精神的なものであると思っています。

 その人の感性、感覚という器が大きくなればおのずと体、声、呼吸の足りなさがわかります。誰のどんな方法でもためになるようにセッティングされていくのです。そのスタンスなしには、頭でどんなにわかっても身にはつきません。

 トレーナーが余計なことをいって、その人が自ら気づいていく大きな流れを妨げてはいけません。頭でっかちにさせてはなりません。知識や科学的な理論づけが、補強でなく懐疑のために使われているなら、大きな誤用です。

 私が科学的、医学的に探究しつつも、レクチャーやレッスンにそんなことをみじんも持ち出さないのは、そのためです。精神的なものもできたら分析やブログですませたいと思って述べているのです。そんなことを気にし始めたら、無心にコツコツやっていくことで少しずつ身についていくことさえ妨げてしまうからです。

 

 自分に合うことと人に合うことがすべて同じなら、やりやすいでしょう。でもそんなつまらないことはありません。私はミニ福島をつくりたくないから、多くの異なる才能のあるトレーナーやスタッフと共に場をおいています。生徒を決してミニ福島にさせないためです。

 

 それにしても今の日本人の、自ら学んで創りだそうとせず、正しい先生、正しい方法を知りたいという単純な答え探しには、ほとほと閉口することがあります。

 歌やせりふの表現にはそんなものはありません。理論も方法も学会ではありません。条件や制限のない正しさなどまったく問われません。

 理論や理屈は、私が本を書くのに最小限、論じる必要があって、あるいは、ことばで注意して具体化していく、効率の悪いアプローチとして、つまり、レッスンやトレーニングを形づくるためにあります。これは、現場そのものの現実よりも、普遍化して、次の世代やここにいない人に伝えようとするため、本や会報でのやむをえない手段です。

 

 あなたの声、せりふ、歌で示すこと、その邪魔をさせないことです。トレーナーも邪魔しないことです。

 世界中には、いつの時代もたくさんの手本があります。それに大いに学び、学べるようになっていってください。

 Be Artistは、Be Creativeからはじまります。ここではあなたがそうなるところからみているつもりです。