ヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

逆を考えること

トレーナーとレッスン受講生(以下、レッスン生)との関係について、私は、レッスン生主導のレッスン、できたら、一流の作品とレッスン生をダイレクトに結びつけて、そこに最小限、トレーナーがアドバイスをする立場としているのが理想と思っています。

 多くの場合、そこで大きなギャップがあり、ヴォイトレで感覚と体を補わなくてはいけないのです。そのプロセスをみつめるのが、レッスンです。

 

 初心者や慣れていない人の場合は、トレーナー主導にならざるをえません。できるだけ、そのままの状況が続かないことが望まれているのですが、トレーナーは先生で、レッスン生は生徒でありたい傾向が強いために、そういう関係が固定されがちです。それでは、クリエイティブなレッスンになりません。

a.トレーナーが主、レッスン生が従

b.レッスン生が主、トレーナーが従

c.a-b半々

というのもあってよいでしょう。

 なぜ、aで固定されやすいかというと、主従関係や封建制度のように、そう決めると、お互いに楽だからです。すると、トレーナーの言いつけどおりにやるかだけが問われるようになりがちです。レッスンを受けたいという真面目なタイプは、こういう形があることと、カリキュラム通り進むことを望みます。それほど安心できることはないからです。日本人はその傾向が強いのです。

 

 一例として、日本の英語教育をみると、その特徴がよくわかります。正しく記憶し再起する力が求められています。適当に身振り手振りで話してでも意志を通じさせる力が養われません。単語や文法に詳しく、読み書きに高度な能力がついたのに、発音や聞き取りに弱く、話す聞くに弱いのです。これは、会話より文献講読を必須としていた時代背景もありました。音楽教育やヴォイトレでも同じ傾向があります。教えられたい、教えてもらわないとできないという人が多いのです。どこでも教えるのがうまいトレーナーをそろえることになりました。

 

 本来は、最初にカルチャーギャップをあびて、感覚を神経レベルで切り替えられるとよいのです。しかしついてこられないのです。ついてこられないのが当然なので、ついてこようとして、悩んだらよいのです。なのに続ける気力を失ってしまいます。これまでの教育の方法を少しずつ変えていくようにします。変えるかどうかも本人次第、変えたくないなら変えなくてもよいとしています。