私が今の声をメインにしたのは20代後半くらいからです。自分でも歌の声から日常の声に切り替わったと感じました。主に仕事上の理由で、体からの声を使わざるをえなくなったのです。1日8時間近く、ぶっつづけで声を出す毎日が、私の声を変えたというよりも、その声を選んだのです。喉をつぶしたくなければ、体で支えないと、日夜連続した発声の必要性に耐えられないからです。
こうして選ばれる声は、もっともよい声とは限りません。もっとも強い声、いえ、耐久性のある声です。非日常が日常化したため、高度の使用上の必然性から声が変わっていくのです。それまでトレーニングで体全体でなんとかコントロールしていた声が、いつも話す声にシフトしたのです。
喉は全く疲れないが、体が疲れる。しかし、体が疲れても、喉に負担がこないで、その分、支えが強くなるという、よい意味で身につくローテーションに入ったのです。
これを一歩間違うと、こわしては休めて直すという負の循環になります。それは、大声トレーニングやハードなトレーニングで声を手に入れていた昔の歌手や役者と、かなり似たプロセスだと思います。