桜が舞い花吹雪が水面を埋め、桜色の流れゆくのにも心打たれる。これも自然の表現です。
私が枝を揺らすと、パッと桜が散ります。それを見て、小学生たちが並木を次から次と幹を両手で揺らしていきます。あまり、桜は散りません。
“そんな唄をたくさん聞いているな”と思いました。力づくでは、絵にならない、桜の幹の力に負けているのです。基礎と応用、そんな話をしてみたいと思います。
最近、いろんな分野の専門家が、ここに学びに来ます。ここではいろんな分野のトレーナーもレッスンを受けています。他でよいレッスンをするためにここにいらしているのです。
私は誰がいい、どれがいい、どの方法やメニュがいいなどに関知しません。そういうところで頭でっかちになった人の頭をはずすのを引き受けています。そういう人はたくさん勉強して覚えたら、声も歌もよくなると思い込んでいるのです。
桜の散るのに心を打たれるには、素直な心で、受け入れることです。「ソメイヨシノが日本の桜の中では…で、それは…であり…」などという知識はいりません。学者とアーティストは違います。人よりも、感動する心が豊かに保つのに努力もいるのです。それは知識ではありません。もし知識とするなら、科学や文明よりは、教養、歴史や古典などを通してのイマジネーションをふくらませるものでありたいものです。