ヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

教育の平均化

集団で行うもの、合唱やミュージカルでは、他人に迷惑をかけないこと、コンスタントに平均点をとり、総合点をキープできることが、日本では求められます。スターはいらない。ミュージカルは、スターを生み出すのでなく、別に有名なタレントをスターとして連れてきてまかないます。その結果、形から入って形に終わるのです。私の感じたい声での表現の成り立ちのプライオリティは、とても低いのです。

 形というのは、ステージ、舞台、音楽としてのハコがきちんと整っているということです。ホールや設備があればよいこと、それは今や当たり前なのですが。新人歌手も音大生も、平均のレベルは高くなりました。下手な人がいなくなったのです。それは、トレーナーやスタッフの実績といってよいでしょう。

 昔の音大生のオペラなどは、失礼ですが、人前に出すものとしては破たんしていました。今は、最後にしぜんと拍手がくるほどのものになりました。でも、スターがいません。それは、トレーナーの責任外ですから、指導の負の部分かもしれません。

 ステージでせりふを忘れて泣き出す子は、ある幼稚園ではいなくなりました。CDで流れるせりふにフリだけつけるとそういう失敗は起きないのです。進行もきっちり時間通りに終わります。全員の失敗をなくす見事な教育です。皮肉ですよ、念のため。

形と実

トレーナーは、現場では歌手や役者の身を(喉を)守らなくてはなりません。

 現場の指揮者には、さまざまなスタンスがあると思いますが、作品の評価をよくすることが第一で、表現中心です。それに耐えられない人には、過度の期待と負担をかけることになります。

 すると、どうなるのでしょうか。スポーツのアスリートのように明確な基準のある場合、単純です。

 男子100m走レースでは、世界は9秒の壁、日本は10秒の壁に挑んでいます。ときに日本人選手がいいところまでいきますが、アスリートの世界ではNO.1、金メダルを目指しているので、日本人の選手より速くても金がとれないから、他の種目に出る選手もいます。8位に入ったから世界で8番目ということにはなりません。

 音楽のプレイヤーもけっこう明確な基準があります。ルックス、スタイル、MCでなく、演奏、音で全て判断されます。高度に演奏する技術なしにプロになれません。

 しかし、歌やせりふの声は、総合力の要素の一つです。となると、一流を目指すよりもその表現力よりも、確実に外さない安定、安心が第一の目標になってしまうのです。

喉の疲れの蓄積

「個性のある声」で「高いところ」までもっていく、この両立が、今やレッスンの現場での最大の難関です。役者と声楽的な要素を兼ね備えた、昔の宝塚の男性役スターなどに若干みられた、それなりの熟練度も今や風前の灯です。

 プロセスでは、話す声はガラガラで障害を起こしても、1オクターブ高いところで歌えるとか、裏声だけとか地声だけ、どちらかが出ないとかが多くみられます。こうなると、ガンの宣告のように余命が長くて5~10年、年齢とともにステージに上がるまでには回復できなくなります。いずれ自主休業かドクターストップです。

 私が関わってきたところでは、連日連夜の出演をするところも多くあります。週1回くらいのライブのペースなら、中6日休みで喉が回復します。それでプロとして続いている。売れたら連日持たない喉です。これでは、できていないということで同じです。

 役者でも喉を壊します。一流のレベル同士なら、はるかにせりふの方が負担は大きいのですが、高音がない(ピッチが問われない)ので、ガラ声で続けられるのです。これも問題です。

未成熟な声への判断

本来、表現で問うものを、「大きく」「小さく」とか、「早く」「遅く」とか、「音程」とか「レガートやロングトーンのキープ」「ふらつかない」とかいうことばを使わざるをえません。現場での注意には、残念ながら、声や歌に対して未成熟な日本らしさを感じます。

 本番前の稽古で、「せりふを間違えないで覚えてきてください」と言わなくてはいけないような役者を、オーディションで選んでいるということです。これは役者でのたとえで、歌手の例では、歌で選んだのに「歌詞を間違えたり、音程を外さないでください」と、私からすると声についての初心者の注意を受ける人が舞台にいることです。

 人の層もレベルも、支えるスタッフも、圧倒的に向こうとは違うのです。

 大きな舞台をたくさんやっているところはありますが、声や歌、音楽に重きをおいていないように思います。それゆえに続けられるシステムに学べることも多いでしょう。

ミュージカルでの応用

どこまで高い音を使うのかは、ポピュラーのソロなら、声の音色で決めることです。オペラやミュージカルは、曲で決まっていることが多いので、声域の獲得と、確実なキープが第一の条件になります。特にミュージカルに声楽の基礎のない人が抜擢されると、いつか、高音の共鳴が克服すべき主な課題になり、ここにいらっしゃいます。

 30代くらいまでは、案外とラフな発声でも回復するので耐えられます。ダンスや役者出身の人で勘もよいからです。

 演出家が、「声を大きく」とか「発音をはっきり」と言っても、「強く出したり口をクリアに動かさずに結果がそうなるようにする」ことで、喉を助けましょう。たとえば、フォルテッシモ=ffはとても強く出すのでなく、感情が強く表れるような表現、つまり、客に対して伝わることでみるべきことです。

 大きくクリアに開けることと大きくクリアに出すことは違うのです。小さくても強い感情を表すことはできるし、口の形を大きく動かさなくても明瞭に聞こえるようにできるのです。

 特に、大―小、強―弱のような大ざっぱな動かし方しかできない人に、鋭―鈍とか、加速度、間、呼吸などでみせられるようにしていきます。こういう舞台では、声の処理としての応用を必要とするからです。応用は、自分の持つものの延長上で処理しなくてはいけないのです。そうでないから、支障が出るのです。

高音トレーニング

プロやいろんな人とやってきた人は、ここにいらっしゃると中低音での発声や、音色、共鳴を見直し、大半のケースでは、ほぼやり直します。ここでは、共鳴以前の発声、呼吸、姿勢まで基礎づくり、多くはイメージづくりからです。

 そこで声の方向性や共鳴の焦点、体感のイメージといった判断基準=重要度や優先度は、トレーナーによってかなり異なります。ともかくもイメージを持ち、それによって丁寧に繊細にコントロールできるようにしています。

 日本で行われている高音トレーニングは、声量を絞り込んで、弱い響きで集めて、届かせるという技法が主です。バランスの転換です。私共のトレーナーの半分以下の声量で高い音に届かせる、あてるだけの結果となります。多くのケースで、トレーナー自体に声量もないはずです。それで満足できないというのなら、基礎での条件づくり、バランスでなく力量を変えなくてはいけないのです。

 一人ひとり、違う喉で出しやすい音や高さも違います。一つの方法では、それでうまくいく人も、うまくいかない人もいます。すぐできる人も、時間がかかってできる人もいます。ハイレベルでマスターしたいなら、すぐにできないことを、時間をかけて工夫しながら習得していくのが本道です。

高音の問題

Jポップスでは、高い音に届かせたいというのが、もっとも多い課題です。これは音大生の最初の壁と同じです。コンコーネ50のメニュには、2つほど、高いラの高さまであります。そのため多くは高音のクリアが中心課題になってしまいます。

 ポップスでは、ファルセットを使う曲が多くなったために、やたらとミックスヴォイスや声区の問題が出てきました。

発声の理論などいくらたばねていても何にもならないことを知っているので、現実的に具体的な対策をしています。

 「方法やメニュを教えてくれ」とメールでよく聞かれます。こういう限界域では、万人に共通な解決法はありません。

 独学なら無理せず、あなたの元々出しやすい母音や子音で応用していくのがよいでしょう。しかし、この出しやすいことイコール高音に最終的に向くかは別問題です。しかし、これは徹底されてはいません。あなたの高音をもっとも出しやすい音として、イメージしておきます。もっともわかりやすいのは、毎日同じスケールで挑むことです。

 初心者、ヴォイトレをやったことがない人で高音を望むなら、声楽のトレーナーとやりましょう。ポップスで、もともと高音好き、高音向きのトレーナーよりは、声楽のトレーナーが相手のタイプを選ばないという広さと基礎の身につけ方をもつからです。

3段ロケット(B→A→C)

基礎の力については、なかなか伝わりにくいので、私は、レクチャーで話しています。

 基礎を徹底してやれば応用に効いてきます。基礎がBとしたら、それは応用Cに届くのです(Bはベーシック、CのベストはウルトラCのつもり)。

 それではよくワークショップなどにある、この2つの間と思えるアドバンス=Aとでもいえるレッスンはどうなるのでしょう。

 私はCを見据えてBだけに専念する期間をとれるかが、大輪を咲かす条件であり、「条件を変える」と言っています。

 ところが、多くの人はすぐに応用Cに結びつくアドバンス=Aのところばかりやるのです。

 Aのなかでは、状態をよくするのです。ときたまCに届いても、ウルトラCなど出ようもありません。つまり、Aでは-A、Aが+Aになるくらい、これが普通のヴォイトレです。これは研究所内でもやっています。ただし、私の考える究極の、いや本来のヴォイトレはB→Cなのです。ここは、基礎と応用をやるところです。

判断の深さ

よくこのような例で比較しています。

1.早く(半年くらいで)1,2割よくなるが3年くらいで(早ければ1年)進歩が止まる。

2.一時、実力は落ちるが、3年くらいから(人によってはコンスタンストに)伸びる。

「歌や演技は応用で、声が基礎」とすると、基礎が応用に効いてくるのは後からです。今は、徹底した基礎をやりたいと言う人が、その期間として「2、3ケ月くらいで」と言うようになりました。

 基礎にもピンキリがあるようですね。世の中、それなりにまともに評価されている芸で、徹底した基礎というなら、10年を切るものなどありません。

 2、3ケ月の基礎どころか3日とか3週間でできる基礎、それどころか、目標達成のできるというようなチャッチでレッスンが売られている時代です。

 それをいうなら、私は「読むだけでよくなる」というような本をたくさん出しているではないか、と言われかねないのですが、それは、基礎の力を応用に転じられない人への気づきのヒント、パラダイムシフト、きっかけとなるものだからです。

 多くの人には3ケ月くらいは「基礎とはけっこうかかるものだ」とわかってもらうためのレッスンです。目的が叶えられたなら、やめればよいし、あとは自分でやるというならそれも自由です。基礎の深みがわかることが、まずは基本ということでしょう。

ヴォイストレーナーの盲点☆

ここを出てヴォイストレーナーになった人のところからも、ときおり生徒さんがここにいらっしゃいます。そのトレーナーの話で興味をもっていらっしゃる人と、そのトレーナーに反発していらっしゃる人とがいます。どちらにしても、そのトレーナーが生徒であった時期を知っていると、明確に、トレーナーの教え方がわかります。

何がうまくいくか、何がうまくいかないということがみえるのです。元々、そのトレーナーのもっているところや長所については、ヴォイトレで得たわけでないので他人に教えられていない。つまり、指導ではネックとなりやすいところです。しかし、そのトレーナーにつく人は、そこに惹かれてつくのです。この矛盾をわからないのは声が特殊な分野だからです。☆

 ヴォイストレーナーになろうという人には、歌手で続かなかった人もいますが、まじめに学んで、まじめゆえに人に教えてあげたくなった人もいます。挫折を避けた教師タイプのまじめさは、生徒にはメリットにもデメリットにもなります。まじめなトレーナーにまじめな生徒がつくと、まじめなレッスンになります。つまり、正しく教えてその通りにさせるのです。舞台からは遠くなっていくことが多いです。そういうタイプのトレーナーは、長所をみつけたり伸ばしたりすることよりも、短所の補強が目的で時間が経ってしまうのです。

 トレーナーのもっているようなよい声や音楽センスをもっていないのに(大体、トレーナーというのは、どちらかもっています)自分の弱点をなくしてもらったところで、普通になるだけです。発声の力の不足が若干補われたところで、プロになれる方向に向けられていないのです。