ヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

習得するとは

トレーナーの方法でよくなったと、それを過大に評価しては依存になりかねません。教わるのでなく、自分が自ら体得したようにしていかなくては、本人のものになりません。時間はかかります。できたとしてもトレーナーから離れると、本人のものになっていないことになりかねないのです。

 

シンプルに

いくらいろんなメニュや方法を寄せ集めて試してみても、大して役立たないものです。一貫した方向とプロセスがみえていないからです。そこまでは役立たないのですが、だからといって不要ではありません。すぐに役立たないからこそ、本当のトレーンングです。トレーナーはそこを手助けします。

 トレーナーを次々と替えるとしたら同じことです。私は、そのすべてをみえるポジションでトレーナーの方法やメニュ、組み合わせをみています。まず、やらなければ変わりません。シンプルに、そこからです。

 

荒療法

日常に呼吸を意識しなくてはいけないのは危機的な状況ですから、そこで歌えるわけがありません。ギャップを無理に埋めようとしては却ってうまくいかなくなります。あえて、その拡大版をトレーニングでセットしているのです。それは、無理を承知で無理な状態においているのです。

 これをしぜんに長い年月をかけて発声を習得してきた人や、そこでそういう基礎もなく活動している人がみたら、呼吸法など、やらない方がよいと思うのも当然です。その意見に賛同するなら、やらなければよいのです。

 荒療法はリスクもあります。しかし、待っていられないなら、より高くを目指すなら、挑むのも一つのアプローチです。

リターンは、人によります。でも、体と呼吸は強くしないと扱えません。この強くということを誤解しないでほしいものです。

 

捨てる(呼吸法について)

こつを得たい、それもまた邪心です。リラックスしたい、そうできない自分を感じているのでは、どうしても固まってしまうだけです。それを捨てるしかありません。

 それらは呼吸を深めることで、自ら解き放っていくのです。深く吐けるようになるためには、深く吸えるようにならなくてはなりません。深く吸おうとすると固まってしまうのですから、まずは長く均等に吐けるように時間をかけていく、それが呼吸法です。

 勢いよく吐いて体を使うのも悪くありません。しかし、そこは呼吸筋の鍛錬、つまり、体のへ刺激を与えて変えようとしているのです。その必要度を上げて、ギャップをつくり、次に埋めていくプロセスをとるのですから、そこは、しぜんになるまで続けていくしかありません。それもまた、捨てるということです。

 

悟る

発声に限らず、悟ることの難しさは、いくら説明しても伝わりません。無意味で空しいものです。ことばにすることで、批判的、理屈となり、独善に堕ちるからです。自ら得るよりも、他人に説明して理解させる方が難しいものです。

 具体的な方法は、いつもいくつも挙げています。それが理論的や具体的ゆえによいとは思わないようにはなったでしょうか。いつも、どう自分に使うかだけが大切なのです。そこを注意することです。

 そのために、批判的な態度をなくすこと、没入すること、無私へ到ることが求められます。それは瞑想のようなものかもしれません。とことん体験していくしかないのです。どう身につけるのかの前に、どう味わうのかです。

 教えないこと、そこで理論的であろうとしないことが、教わりたい人、理屈で考えたい人への誠意ある解答だと思うのです。

流れ

「自分はもっている」と言える人も、ときたま、いるようですが、フォームづくりまでは、プロセスとして用意します。決定的なものとして、つかみ直すのには、白紙で臨むことです。

本当の意味を知るのに、いつも邪魔するのは、頭、思い込みや偏見、固定観念です。水泳なら水にのる、スキージャンプなどでは風にのる、みたいなことです。フォームづくりで、一所懸命に心身に働かせるのは、その大きな流れを自らに引き寄せるためです。流れに逆らって力をいくら使っても、尽きてしまうだけです。音楽、歌もまた、流れなのです。

声の芯とパワー☆

これまで自分に大きく聞こえていた声は、喉で内耳に響いてうるさく、外には拡散する生声やこもり声、だんご声です。その判断ができることが、よくないとされるほとんどの声からの脱却のポイントです。

 鐘をきちんと叩けば、強くなくとも、その響きを邪魔しなければ、遠くに響くということです。理屈では、初心者でもわかることです。しかし、実際にといえば、ほぼ間違えてしまいます。

きれいにバランスがとれて共鳴したように思う声は、小さな部屋ではよく聞こえるが、大きなホールでは遠くへ届かないのです。拡散しないようにまとめ、絞り込んでいると効率はよいのですが、そこでパワーまで抑えてしまった結果、おとなしく落ち着いただけの声になってしまったのです。日本人が、よく誤解して目指してしまう声です。困ったことに、教えている人がそれを勧めるわけです。でも、それも一理あるし、きっかけや一歩になることもあります。カラオケの上達を目指す人にはわかりやすく、よい教え方ゆえに、それは限界が早く来るのです。

 響きを邪魔しなければ強く奏でる方が届くことを忘れているのです。いや、今となっては、もはや指導者も含めて、あまり経験してきていないのでしょう。

 トランペットなども、小部屋でうるさく汚いほどの音の方が、広いところに出るとぐーんと伸びて、ただ美しいだけでなく、心に響くものになるのです。例えとして適切かどうかわかりませんが、ジャストミート打法であり、同時にホームラン打法であるというもの、それを目指すことです。

 

よい声とは

よい声について、発声ではよく言われている次の例が具体的でよいかと思います。

1、自分では大きく出していない、よく聞こえない声

2、響いていない声、自分にきれいに聞こえない声

普段の練習の目的とは全く別のことが、ここでは言われています。1はとても小さく、2はとても大きい声のように思います。しかし、これは同じ声なのです。いつものあなたの声と次元の違う、レベルアップした声なのです。本人が気づかないゆえに出さないし、目指さないような声です。そのため、自主練習中には、ほとんど気がつきません。一人では身につかない声こそ、求められている声なのです。(声楽の人はこれをマスケラということに当てはめてみてもよいでしょう)

つかむ

必ずしも、真実の声は瞬時にわかるとはいえません。まったく異なるから、次元が違うからです。全体を完全につかんだときならともかく、部分的にそのきっかけだけが来ることの方が多いからです。その断片を早くから組み合わせていける人は少ないものです。私は、そのときに見逃したり気づかなかったり、「それだ」と言っても、「そんなはずがない」と思ってしまう人を見てきました。指摘しても気づかない人もいます。

 勘を磨いていくこと、そして、いつかのときに備えてください。

ゾーン

ゾーンとは、ある時間のある感覚で、それですべてであるという決定的なものです。それを得た人、感じた人、みたけど逃した人、少なくともその存在を知る人は、こういうことを理解できるでしょう。

 読まなくてもわかっているから読まなくてもよいし、わからない人は読んでもわからないから、読んでも仕方ない。なのに、なぜ、読んでもらうのかというと、わかった人が確認するためと、まだわからない人が、そのときにこれだとわかる、あるいは自分でわからなくても、誰かにそれだと言われたときに否定してしまわないためです。「こんなものは、違う」とこれまでのレッスンや自主トレーニングなどでの観念やイメージによって判断しないためです。自分勝手に自分の限界をつくらないためです。