ですから、本を書き始めたときの私は、自分のこと以外、いや自分のことも含めて何もわからなかったと思うのです。そういう自分に接して学ばせてくれた多くの人に、特にここの関係者には、感謝してもしきれないくらいです。
ですから今、若い人はあたりまえですが、声という分野に入ってくる多くの人(年齢としては上の方も)をみると、私がこれまで試行錯誤してきたこと、迷ったことなどを、話し出されて、なつかしくも新鮮な思いに捉われることがよくあります。
声というのは魔物のようなものです。正体不明、誰もが「捉えた」とか、「わかった」とかいっていながら取り逃がしているものです。大事に見張っていたカゴが開いたら空っぽということもよくあるのです。
そのあたりは、今では、「その人がどういうことを質問するか」で、大体わかります。
ここにはけっこうな肩書やキャリアをもった人もみえます。しかし、案外と声については、その指導についてのプロセスや結果の検証からみると、まだまだ未熟です。
声については専門家がいないのです。医者は身体の専門家ですが、発声となると素人、表現になると素人以下の人も少なくありません。身体の専門家として人を診ているキャリアから私が教わることは山ほどあります。ただ、彼らのなかには、10年20年と、音大の先生と同じく、20代から勉強(知識、理論)してきたと、固まってゆずらない人も少なくありません。
舞台に関わる私たちの方が、表現を通じて声からは多くを学ばされているのでしょう。