声は、ことばを伝えます。どんなスポーツやアートよりも実用的です。そこに精神的なものを求めるのもあざといので、私は道とは言ってきませんでした。戦いや遊びがスポーツやアートになったように、声もそうなってきたとは思うのです。武術も、武道となったところでその中に入ったのでしょう。
声は、声明などに代表されるように、神事としての性格を併せもちます。弓道や流鏑馬、古武道などとも似ている気がします。宗教儀式としての声は、体で発するものでありながら、体を超える精神によるところが大きいのです。声における精神力の大きさは、並みならぬものがあると思います。
それをリアルに知ったのは、美空ひばりの病いからの復帰後の東京ドームのコンサートでした。普通の人の半分も使えない呼吸機能で35曲歌い切りました。その後まもなく逝きました。焼身自殺した高僧の、火中で姿勢が崩れないのにも似た人間の精神の、肉体や物質に対する勝利でした。これが、ごく一例、天才の成す技としても、です。