日本人の多くの歌は、初心者のドラマーが頭だけ合わせているリズム、メロディだけ正しく弾いているピアノの演奏に似たものになっています。声からいうと、平たく薄く浅いのです。それでも歌として許されているのは、次の二つの理由があると思うのです。
一つは、一人ひとり声が違うから、それが個性やオリジナリティと思われていることです。楽器のプレイでは、同じ音色からタッチとオリジナルフレーズで、その人の音を出さないと評価されないでしょう。それと比べるととても安易です。
もう一つは、ことば(歌詞)があることです。人の声、人のことば(物語、ストーリー)があることです。本来、楽器レベルでの声の演奏という技量を高めていかなくてはいけないのに、その人自身の声で感情を出すと伝わるために見えなくなっているのです。特に、詞、ストーリーを優先する日本人です。日本の歌のスキャットや声の楽器的な使い方の少なさをその例として指摘してきました。