夢実現・目標達成のための考え方と心身声のトレーニング(旧:ヴォイストレーナーの選び方)

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に( 1本版は、noteをご活用ください。)

課題曲は、歌うためではなく育てるためにある

課題曲は、単に上手く歌うために使うものではありません。呼吸、共鳴、身体、表現を育てるための教材です。セリフだけの練習では、感情に引きずられて判断が曖昧になりがちですが、歌では、声が伸びているか、呼吸が流れているかなど、技術的な問題がはっきり見えてきます。だからこそ、歌は万能な訓練になるのです。ただし、人前で聞かせる歌と、トレーニングとしての歌は違います。トレーニングでは、体を大きく使い、器を広げることを優先する場合があります。しかし、本番では、その器のなかで表現をまとめなければいけません。その違いを理解しておくことが重要です。

複数のトレーナーから学ぶことで、器は広がる

一人のトレーナーだけが絶対に正しいわけではありません。歌の指導には、それぞれ目的や考え方があります。ある人は響きを重視し、ある人は言葉を重視し、また別の人は身体性を重視します。複数の視点に触れることで、自分の器は広がります。もちろん、言われることが矛盾する場合もあります。しかし、それをどう取捨選択するかを考えることも、歌い手の成長です。最終的には、自分で判断するしかありません。トレーナーの評価と、観客の反応が一致しないこともあります。だからこそ、いろいろな実験をしてみることです。レッスンは、失敗してもよい場所なのです。

水分補給は不安対策になり過ぎないこと

喉の乾燥を防ぐために水を飲むことは悪くありません。しかし、水を飲まないと声が出ないと思い込むことは危険です。本来、人間の身体は、唾液によって自然に潤うようにできています。水を飲み過ぎると、かえって胃に負担がかかったり、身体を冷やしたりすることもあります。もちろん、長時間の練習や乾燥した環境では補給が必要です。しかし、過剰に神経質になると、飲めないと歌えないという依存にもつながります。昔の歌手たちは、もっと過酷な条件でも歌っていました。大切なのは、防衛し過ぎないことです。喉を守る意識は必要ですが、それに縛られて自由を失わないようにしなければいけません。

声域は出る音より使える音が重要である

一般的なポップスでは、一オクターブから一オクターブ半程度の声域で成立しています。二オクターブ出せる人もいますが、大切なのは出ることではなく、使えることです。高音が一瞬届いても、曲の流れのなかで自由に使えなければ意味がありません。男性も女性も、中心となる音域には個人差があります。無理に高いキーへ合わせるより、自分の声がもっとも自然に流れる帯域を知ることです。近年のポップスは、必要以上に高音化しています。しかし、キーが高いから感動するわけではありません。低音にも深い説得力があります。大切なのは、自分の呼吸と感情が無理なく乗る音域を見つけることです。

表情はつくるのではなく、声と一致させる

本来、歌で問われるのは、表情ではなく声です。しかし、声と感情が一致してくると、自然に表情も変わってきます。オペラ歌手や演歌歌手のなかには、非常に強い表情をする人がいますが、不自然に見えないのは、内面と一致しているからです。逆に、形だけ笑顔をつくっても、声が伴わなければ嘘になります。歌い手は、モデルではなく役者に近い存在です。悲しみ、怒り、醜さまで含めて、人間を表現するからです。美しい顔立ちよりも、深く生きた表情の方が、はるかに人を惹きつけます。表現の美しさとは、整った顔ではなく、存在そのものから滲み出るものなのです。

フォームは機能のために存在する

フォームは、見た目のためではなく、声を機能させるためにあります。クラシックでは、口を縦に開けたり、顎を引いたりといったフォームが基本になりますが、それも目的によって変わります。高音を出したいのか、声域を広げたいのか、響きを大きくしたいのかによって、必要な形は異なります。レッスンでは、一時的に大げさなフォームを取ることもあります。しかし、それは感覚を身体に覚え込ませるためです。最終的には自然な形へ戻っていきます。レッスン中は、人に見られたら恥ずかしいようなこともあるでしょう。しかし、その先にある自由な声のために、今まで使ってこなかった身体の動きを試すことが必要なのです。

呼吸と発声だけでは、歌にはならない

呼吸や発声だけを練習していても、それだけでは歌になりません。歌には、作品としてまとめる意志が必要です。ステージで人に心地よさを与え、世界観を成立させること。それがプロの仕事です。自己満足で終わってしまうと、本当の歌から離れていきます。どれほど気持ちよく歌えても、それが他者へ届かなければ、作品にはなりません。最終的には、人に渡すためにつくりあげる意識が必要なのです。そのためには、ときに真逆のことも試してみることです。軽い歌を歌ってみる、大胆な振りをつけてみる、まったく違うジャンルをやってみる。そうした幅が、歌の問題を解決するヒントになります。

歌い手は十年二十年かけて育っていく

 本当の歌い手は、短期間では完成しません。半年くらいで、少しフレーズ感が見え、二、三年で、それがまた変化し、十年二十年かけて、自分の声と歌が結びついていきます。だからこそ、焦らないことです。今、出たものを見逃さず、自分の感覚として捕まえていくことです。

 トレーナーは、そこに効率よく道筋をつくることはできます。しかし、最後は本人が、自分で掴むしかありません。歌とは、知識ではなく、身体に積み重なっていくものだからです。うまくいく時期もあれば、全く出なくなる時期もあります。それでも続けることで、声と人生が少しずつ一致していくのです。

基礎はシンプルな曲で学ぶ

 最近のポップスは、音域も広く、リズムも複雑で、歌うだけで難易度が高くなっています。そのため、歌えるようにする練習だけで終わってしまいがちです。しかし、本当に実力をつけたいなら、誰でも歌えるようなシンプルな曲で勝負することです。

 簡単な曲ほど、歌い手の本質が見えます。そこに何を滲ませられるかが、オリジナリティです。カンツォーネやシャンソン、日本の歌謡曲などは、そうした学びに適しています。特にカンツォーネは、日本語訳も美しく、原語と日本語を往復して学べるため、呼吸と言葉の両方を鍛えることができます。

レッスンでは声だけを問う

 ステージでは、表情や動き、照明、演出など、さまざまな要素が歌を支えます。しかし、レッスンでは、あえてそれらを外し、声だけで成立しているかを見ます。視覚情報に頼ると、本当の問題が見えなくなるからです。どれほど格好よく見えても、目を閉じたときに何も伝わらないのであれば、歌としては弱いのです。

 一方で、音声だけで成立していれば、あとから外側はいくらでも変えられます。歌い方、衣装、演出は、後から調整できます。しかし、声の核だけは、ごまかせません。だからこそ、まず音声だけで勝負できる状態を目指すことが重要なのです。

他人の歌から自分の問題を

 自分の歌を客観的に見ることは難しいものです。しかし、他人の歌を聴くと、ここを変えれば成立するこの言葉の置き方が違うといったことが見えてきます。それを通して、自分自身の問題も理解できるようになります。歌には、決まった正解がありません。だからこそ、他人のやり方を見ることが、効率的な学びになります。

 ステージも同じです。照明、衣装、立ち位置、動き、表情、音響など、無数の要素が歌を構成しています。そのすべてを観察し、自分ならどうするかを考えることです。歌は、声だけではなく、身体全体で成立する総合芸術なのです。

ヴォイストレーニングで器を広げる

 短いフレーズなら、偶然に良い歌唱が出ることがあります。しかし、一曲全体になると、その感覚を維持できず、矛盾が生じます。だからこそ、ヴォイストレーニングによって器を大きくしておく必要があります。声域、呼吸、共鳴、持久力、身体の柔軟性など、基礎が広がっていれば、表現の自由度も増します。

 トレーナーができるのは、その器を育てるところまでです。しかし、そこに何を注ぎ込むかは、本人の創造力に委ねられます。イマジネーション、体験、解釈、人生観。そうしたものが加わって、初めて歌は作品になります。発声だけでは、歌にならないのです。