29.ブレスヴォイストレーニングメソッド
レッスンでは、厳しい基準で、本当によいもの以外は、OKと言われないのが、よい環境です。 100回やって1回しかOKが出ない、その1回が100回出せて、更にその1回を磨いていくことです。
トレーニングには、少なくとも、二つの条件があります。 ひとつは10年後を見据えて、力をつけ、キープしていく、つまり、長くやっていくことができるようにすることです。 もうひとつは、ハードに使っても支障が出ないようにすることです。
声を出して、よい声だといわれたところで、現場では通用しません。 声の状態のよいときだけ、カラオケで歌いたいならいいのですが、歌の価値は、つきません。聞く人に伝わるには、それをどう見せるかなのです。
5年後、自分のプロフィールがすごいものになっているかもしれません。 それをめざしてみましょう。 資格ということではありませんが、プロフィールをみただけで、プロが興味が湧く、なども一つの条件になります。 このようなことをやりなさい、ということで…
いろいろなものは聞いても、文章にして人に伝えるのは難しいものです。 ある程度のレベルになれば、きちんと判断をつけられる人は、それなりに言葉を使えるものです。 感覚的な言葉も使えるようになります。
文章で書いていくのは、長期的になるほど、有効な勉強法です。 ことばは、基準を示すからです。 なにかを書きはじめて、それがだんだん豊かになっていくということは、確実な上達の手段の一つです。
よく聞くアーティストの欄に、誰も知らないようなアーティスト名を書いていたりします。 そういう人を知っていたらプロになれるということではありません。 逆にそういうリストが、他の人と一緒なのにプロ、ということもありません。 なにかしら無駄なものに…
音楽を聞いて感想を書いてもらったときに、その文言をみると、ある程度、実力や可能性はわかります。 たとえば、ここまでの聞き方ができるなら、普通の人ではない、とわかります。
今の歌い手は1オクターブの声域で、しっかりした声では、しゃべれません。外国人だと1オクターブの声域で話しています。1オクターブで話しているから1オクターブ半の歌唱の音域がでてくるのです。日本人は半オクターブくらいの中で話しているから、その声で…
日本の声楽家などは、シャウトしたり、ロックを歌うとすぐ声に異常をきたす人が多いです。間違った練習をしていないからともいえましょう。意外と間違えるのは、よい勉強にもなるのです。間違えて、喉を壊す、そこで鍛えられる、強くなる、いろんなことを覚…
翻訳、啓発が中心の、二流国においては、紹介というのは、プロデュースと同じく、知らないものを知らしめることに追われがちです。だからこそ、誰もが知っているものについて、より深く、表現していかなければいけないと思うのです。 浅草オペラは、日本人の…
美空ひばりの映画についての批判で、亡くなった人をそのような形で蘇らせるのはというミュージシャンが何人かいました。AIの試みとしては私も認められると思いますが、まして、それが、美空ひばりが生きていたら、こうしたであろう、こうだったであろうとい…
私は美空ひばりが、どのように歌ってきたのかを、どのように聞いてきたかなどと関連づけながら、大枠を把握してみましたが、その脳の中で、聴覚の中で、意識の中で、発声器官の調整において、どのようなことが行われたのかは、理解のしようがありません。 結…
誰もが関わる声というものに対して、どのように研究するか、その過程は、厳しいものです。それに対して、評価する人は、かなり楽なのではないでしょうか。褒めまくればよいからです。
トレーナーをするということと文章を書くということは、案外と似ています。言葉によって相手に注意するからです。それに対して、アーティスト、ミュージシャンというのは、別の仕事のように理解しています。どちらが偉いということでなく、専門が明らかに違…
本当のことを、真実について、伝えるタイミングというのは、どの世界にも、人間の本能的な世界ほどあるということを、大人ならわかっているはずなのです。
ジャズやクラシックには、スタンダード、定番というものがあり、大体、入門というところから入ることになっています。しかし、入門者向けとしたにもかかわらず、実際には、いつも同じような人たちが、つまり、ベテラン勢が読んでいるものなのです。
ヴォイストレーニングの本は、ほとんど入門書のようなものだと思うのですが、ヴォイストレーニング、あるいは歌や発声も、やり始めてからでないと意味がないと思っています。武道やスポーツと同じだと思います。
すぐに見せてはいけないものを、見てはいけないものというのは、どの世界にもあります。タイミングというのがあるのです。 日本の教育で、いきなり日本の兵隊さんはひどいことをしたと教えるようなことをするなということです。
人間離れした声や歌というのもあります。それこそが、もっとも人間らしいのですが、その人のオリジナリティも超えてしまうような声や歌です。 それこそが真のレッスンでの目的ともなります。
私の定義でのヴォイストレーニング、これは世の中では、もはや狭義の意味でのヴォイストレーニングですが、その人の喉、つまり、「声を聞いたら、それだけのキャリアを積んだということが、すぐにわかるような声」ということです。それ以上のなんだというの…
役者の演技や歌唱においては、どうしても現場での実践的なもの、即効的なものにならざるを得ないわけです。スクールでどんなに学んでいても、現場を経験しなくては、なかなか上達するものではありません。 現場で、学んでいくのが一般的な方法となり、それを…
声についてのみが課題となると、本格的に学べるところありません。研究所にいらっしゃるのはそのためです。 せりふや音楽性だけをいかに磨いたところで、それだけでは、なかなか一流の役者や声優、歌手にはなれないからです。
人生は長いので、要望次第で、まずは、その人のやりたいことを優先するという考え方をとっています。自分の思うように行っていくことは、先生のいう通りに行うことよりも大切だと思うからです。 ただし、本音のところでいうと、将来の可能性の妨げになるよう…
この当たり前の考え方がなかなか支持されないのは、オペラやミュージカルの場合、音高が決まっていて、そこで出さなくてはならないからです。 高音志向に加え、日本の業界の体質、病とも思われる画一的な考え方のせいです。 個人差もありますので、私のいっ…
キュレーターとは、学術的な専門知識を管理監督する立場の人です。 この情報社会では、情報を収集し分類しつなぎ合わせて、新しい価値観を打ち出します。それを共有させる立場の人です。専門家とジャーナリストの間に立つような人です。
声という専門がないところでは、キューレーター的な立場で、研究をし、ヴォイストレーナーというレッスン指導者に場を与える私のような活動を表すのかもしれません。 というのは、いつも根本的な問題、原因や理由、原理、道理といった本質的なものを見ようと…
高次元の自分をハイヤーセルフ、そして次元の上昇にアセンションなどという言葉が使われることがあります。血のにじむような努力もなしに、違うレベルに進めるとしたら、それは、おかしなことでしょう。 そういう世界の存在を否定するわけではありませんが、…
研究所も、トレーナーも、ただの名前ですから、そういったものを消して、自分というものの存在だけが残ります。 自分の頭の中にある、何らかの成果を探そうとします。しかしそんなものは大して使えません。ですから頭に頼らないことです。これまでの正解は、…
言葉で伝えるようにしています。ところが言葉で伝えると、それを内面で感じても表現として表に出さなくなってくる。内面で閉じるのではなく外へつながりを得ていくようにしていくことです。外に問いつつ、内的な表現であるということです。