NEWヴォイストレーナーの選び方[アーカイブ版]

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

レッスンの指針とサービス

レッスンの指針というのは個別に違うので、述べられません。たとえば、「誰でもわかりやすく、1年後に50点とれる、しかし、2年後も55~60点くらい、ずっと続く」というのと、「誰にもわかりやすいわけでないが、1年後に25点とれる、2年後に50点、3年後に75点になる。」

 こういうケースならどう選ぶかというようなことが、無限にあるのです。残念なことに、今のヴォイトレは、ここまで考えずに明示できるレベルで明示しているだけです。

 

 サービスとしてよくあげるのは、病院の例です。

  1. 受付の応対がよい
  2. 待ち時間が少ない
  3. 待ち時間にくつろげる 待つのが苦にならない (ソファ、TV、本、飲み物のサービス)

 

 これらは、肝心の医者の腕と関係ありません。医者自身が説明を長々として、安心させてくれるのはよいことです。しかし、私はその分、医者は少しでも休み、患者の治療に集中できるようにすべきと思います。治療が風邪か難しい手術かで違ってくるでしょう。芸事は、医学ほどにもはっきり明示できるものではないから、難問です。医学もかなり手探りで進めますが、年々、進歩しているのは確かでしょう。

ヴォイトレの目的と価値

声の変容、鍛錬とは別に声は、使い方によっても声は大きく変わり、歌の成果もみられるものです。「何をもってレッスンやトレーニングとするのか」は、もっとも考えるべき問題です。

 ここは一人でなく組織としてレッスンを行なっている研究所です。トレーナーの選択とその方法については、いつまでも考え続ける問題だと思っています。

 

 消費者的な感覚の人が増えてくると、レッスン以外のサービスに力を入れざるを得なくなるのは、やむを得ないことでしょう。すべてにおいて、満足できるように努めるのも大切なことです。優先順位を決め、指針を明示します。レッスンを受けたい人が、その目的にもっとも合うように選べばよいのです。どんな人がどんな目的でどんな状態でいらしても、それを受け入れる、その懐の深さには自信があります。

 サービスの明示はできても、レッスンの内容というもっとも肝心の点は、個別に対応しているので、明示しにくいものです。

 本人の求める目的が本当に本人のためによいのか、声の場合、いろいろと考えさせられることばかりです。根本の問題へのアプローチの前に、サービスのよしあしだけで判断されてしまうとしたら、残念なことです。

役者声から声楽へ

 以前は、日本では声楽家よりも、役者のほうがよい声をしていました。けっこう無茶なトレーニングで成果をあげていたので、私は最初、声楽よりも役者の練習場に拠点をおいたほどです。

 まず「役者声」を得てから、歌のレッスンをすべきだと思ったのです。この考えは、今も根本では変わっていません。ただ、世の中、業界の方が変わり、声楽よりになったのです。このあたりは、私が「声の二極化」について述べていることを参考にしてください。

 

 「歌は語れ、語りは歌え」といわれていた時代でした。歌のレッスンは、ピアノに合わせて、高音をかん高くあてて響かせようとしていました。

 私はアンチ声楽(日本の声楽)からスタートしました。語って伝えることの線上に歌があると思っているからです。一方、欧米の高音でシャウトして長いフレーズを一息で歌いきる歌手(クラシック、ポップス問わず)に憧れていました。いくつかの仮説をたてつつ、レッスンにくる人に声楽家も含め、他のトレーナーとともにあたって比べていたのです。

 

 その結論は出ません。かなりの数の人のレッスンのプロセスをみてきましたから、その人にとって、もっともよいレッスンの形態(トレーナーややり方)は、判断できるようになりました。

役者声から声楽へ

以前は、日本では声楽家よりも、役者のほうがよい声をしていました。けっこう無茶なトレーニングで成果をあげていたので、私は最初、声楽よりも役者の練習場に拠点をおいたほどです。

 まず「役者声」を得てから、歌のレッスンをすべきだと思ったのです。この考えは、今も根本では変わっていません。ただ、世の中、業界の方が変わり、声楽よりになったのです。このあたりは、私が「声の二極化」について述べていることを参考にしてください。

 

 「歌は語れ、語りは歌え」といわれていた時代でした。歌のレッスンは、ピアノに合わせて、高音をかん高くあてて響かせようとしていました。

 私はアンチ声楽(日本の声楽)からスタートしました。語って伝えることの線上に歌があると思っているからです。一方、欧米の高音でシャウトして長いフレーズを一息で歌いきる歌手(クラシック、ポップス問わず)に憧れていました。いくつかの仮説をたてつつ、レッスンにくる人に声楽家も含め、他のトレーナーとともにあたって比べていたのです。

 

 その結論は出ません。かなりの数の人のレッスンのプロセスをみてきましたから、その人にとって、もっともよいレッスンの形態(トレーナーややり方)は、判断できるようになりました。

声の変化をめざす

今のヴォイトレは、声そのものの変化を目指してはいません。声そのものが少しでも変われば成果は大きく違ってきます。しかし、そのプロセスで不安定になりかねないのでためらわれるのでしょう。声は使い方だけでも大きく変わるので、それがノウハウになっています。一人ひとり異なる楽器で、それぞれに異なるプロセスをみる必要があります。

私の声と「役者声」

 私はヴォイトレで声が鍛えられ、変わったのですが、最初は変わり、プロレベルになったあと、1日8時間以上、人前で話しているうちに、プロの「役者声」の声になりました。

歌のレッスン時のほうが日常よりも、集中して意識的に腹式も使い、のども開くからではないでしょうか。その後、日常にも発声の体が用意されるに従って、全面的に変わっていったのだと思います。何もしなくとも、歳をとったら今の声になっていたのかもしれませんが、私がいえるのは、トレーニングをしないと、まがりなりにも、オペラの1フレーズを歌えるような発声は得られなかったということです。

 私は研究所で30年以上いろんな人の声のプロセスをみています。私ほどに時間をかけて声を鍛錬した人は、それほどいないと思っています。簡単には述べられませんが、2割くらい、私の半分以下の時間で、同じプロセスをたどったような人もいました。2割くらいは、そのようにならない人もいました。男性はわかりやすいのですが、女性では日本人の場合は多く、3割くらいの人は、声そのものは大きく変わりません。第一に変わる必要がなかったといえます。

日本人の考えるよい声

”anan”の取材で声についてのコメントを求められた男性は、ケンドーコバヤシさん、大杉漣さん、遠藤憲一さん、宮野真守さんでした。やや低めのバリトンヴォイスです。女性が魅力的に感じる声は、それほど変わっていないのかもしれません。男性が第二次性徴期に声変わりし、複雑なメカニズムでわざわざ獲得した女性より1オクターブ下の低音なのです。

歌手の話し声

現実の歌い手をみてみましょう。すると、話し声もトレーニングされているような声の人も、全くそうでない人もいます。(歌うときの声も全くプロを感じさせない人もいますから、プロの歌手のすべてが声の力で支えられているわけでないし、時代とともにさらに異なってきています。ここでは「アナウンス声」か「役者声」か分けています。)

 

 一般的によくいわれるのは、高い声で歌っている人の話し声の悪さ(素人くささ)です。これにはオペラも含まれます。国際的にもテノールのしゃべる声は、あまりよくないようなことをいわれています。日本では、かなりあてはまるのではないでしょうか。

私は、日本人やポップス歌手を基準にみると、海外のテノールやソプラノはけっこうよい話し声をしていると思うのです。バリトンやバスのほうが話す声の声域に近い分、無理なく使えて、そこの声がよいといえるのは当然ですから、比べるのがおかしいのです。男性の声は、低く太く響くのが鍛えられているのがよいという基準でみたらですが…。

話し声と歌との関係

歌の練習となると、メロディ、リズム、(歌)詞の三要素、さらに歌のための発声では、声の高さ、声量、ロングトーンなどが必ず取り上げられます。このあたりは舞台でせりふをいう役者などに必要とされる条件とも一部、重なります。

 つまり、しっかりとした話(せりふ)に必要とされる声の力の応用として歌唱を捉えることもできます。

 場合によっては、より少ない声量、より低い声域、より短い区切り(スタッカート)などが、歌の技巧に入ることでもそれはわかるでしょう。逆に、話には必要だが、歌には絶対に必要ないという要素は、挙げにくいものです(ことばのないときにも歌はあり、その声調の変化を応用して、ことばが生じたという人もいます)。

 舞台のせりふになれば、相手とのかけ合いやテンポ、間など、歌では音楽として組み入れられてしまったものが改めて問われるので、歌手なら誰でも役者ができるというわけではありません(一般の人よりは、いろんな面で恵まれているから、ドラマに出る人もいますが)。その分、歌手は音楽の形式や伴奏、プレイヤーに助けられているともいえます(となると、現実には、日常の話、舞台のせりふ、歌唱、さらに日常の歌などを分けるべきだという見解もあってもよいと思われます)。

しゃべる声と歌う声の区別

 人間の声の獲得の歴史からもさまざまな説があり、また一口に歌といってもさまざまで、語りのような歌もあるので、一括りにはしにくいのですが、一応、大まかに区別してみます。

 

[話] ことば(発音)中心

 意味の伝達が目的のことが多い

 

[歌] 節(フレーズ)中心

1.声が高くなる

2.声を大きくする(マイクのある場合は、今はむしろ、より小さく表現することのほうが多いといえます)

3.声を伸ばすことがある

4.ほぼ決まった声調の変化や、節(メロディ、リズム)があることが多い。ことばがつくとは限らない

5.情感や感情を伝える。表現をすることが多い

6.楽器を伴ったり、他者とのコーラスもある

(2の大きさについては、話でもみられます。1、3は話よりも極端に、ということです)

[歌]で述べたことは[話]と区別される特徴です。