2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧
自我が強い人、頑固な人は、レッスンが軌道にのるまでに時間がかかります。こちらにすぐに乗ってくれない、乗るまいとしている人はなかなか難しいのです。 整体などでも、相手を信頼せず疑っていると、体も動かず、早くよくならないでしょう。 自転車の後ろ…
レッスンは自ずと、喉や身体の調整へ偏ります。その人独自の偏ったイメージや考え、その元となることばなどを消さなくてはいけないからです。 しかし、ことばへは、ことばで対する方が効果的なこともあります。 ことばとしてではなく、ことばの概念を変える…
何事も上達を目指して続けていくと、どこかで、うまくいかなくなってくるものです。 上達すれば、あたりまえのことです。 そこでは、イメージがメンタルに大きく作用します。 イメージのインデックスは、ことばです。豊かなイメージを、ことばでつかめるよう…
ことばは、比喩でも、具体的、実践的でもあります。 トレーナーのアドバイスでも、「胸を鳥籠のように」などで、これまでと全く違う声が出たり、うまく支えを使えるようになったりするのをみてきました。
会報の最も大きな役割は、ことばの表現からの学びです。 同じようなことをできるだけ違う表現で繰り返し浴びてもらいます。 読む人の頭ですぐに考えさせず、解釈させず、埋め込むため、です。 身体に働きかけているつもりです。だから、それなりの分量とくり…
私がことばで伝えたことをリアルに心身で満たすのに、トレーナーのレッスンを実践として補っています。 手取り足取りは、実践的で早く直せますが、応用でもあります。 それに対し、ことばのアドバイスは、すぐにとはいかないですが、どこかで大きく変わるき…
先生を見つけたり選んだりするときには、最初から求めるレベルをあまり高くし過ぎなくてよいでしょう。一つのアドバイスでも、あなたが、それで助かったことがあるのなら、その人は先生でよいのです。 先生と決めたら、相手を目一杯、ハイレベルに高めたらよ…
メニュは、材料、叩き台です。 解剖学とか生理学に基づいたような科学的なものより、文学的なもの、比喩的なもの、オノマトペのように表現されたものの方が、本質が伝わることが多いように思えます。 「わからないからと、すぐにググる」のではなく、意味不…
どう学んでも、その人自身の解釈と誤解が入ってしまいます。 私もあなたも同じです。それゆえに、自分なりのものにもなるのです。 「井の中の蛙」にとどまらず、自分の枠、器を大きくして、それを再編、再生産につなげていくことです。新しいメニュ、練習法…
教えられることから学べることは限られています。 教えられていないことから学んだら無限です。少なくとも、学ぶというなら、いつかは、先人よりも深く学べるようになって欲しいものです。 早くとか楽にとかは、学ぶのには、本当は関係ないのです。 しかし、…
間違うことを恐れなくてよいのです。 第一に、誰かの正解は、あなたの正解ではないのです。 それをそのまま、自分の正解とさせられること、自分でそうしてしまうことに用心することです。
喉の不調を喉だけのせいにするのは、一面的な見方でしかありません。 しかし、そこは、対策も含めて、説明しやすく理解しやすいので、多くの人は、それで納得するからです。 それだけを問題にして、その解決に時間と手間、お金を費やしてしまうのです。 ブロ…
チェックリストは、できるかできないかを判別します。 それで、できないものができるようになるメニュをつくっていくのです。 しかし、これは部分的、分散的なものです。「痛いなら、痛いところを治せ」というようなものです。一見、正しそうですが、それで…
まずは自分のできることをすることです。 察して動くこと、そこで利益や楽を求めると、それは閉ざされてしまいます。 他人にできないことをすると、それなりに自己を肯定できるでしょう。 それが難しいときは、自然と対話するとよいのです。静かなところで自…
自分から知りたく思ったら、自ら動いて、人に教えを請うことです。 そうしてこそ、ものになるのです。 自分の意志のようにみえて、自分でするのではなく、誰かにやらされているような方が、身につくこともあるといえます。
自分の本当にしたいこと、好きなことは、簡単にはわかりません。 自分が魅かれるくらいでも、スタートしてよいのです。 それは、あなたを呼ぶ声です。(call、callingとは、天職のことです。)
私は、できるだけ、仕事では、分担と手分けをしていくようにしています。その作業を通じて後進が育つからです。 連続性を保つには、連携する他の人が必要です。人を巻き込むのか、人が巻き込まれるのか、どちらにしても、そこに渦、流れができていきます。 …
膨らませて学べるようになると、相手の伝えようとしていたことを超えて学べるのです。 そうでないと、師を超せないどころか、同じレベルにも達しないものです。
自分のいるところ、なすことへの洞察を深めましょう。自分以外に誰もやらないこと、やりたくないこと、気づかないことを大事にしましょう。 普通は、10のことから1くらいしか学びませんが、師をもつと何事も違ってくるのです。誰であっても、その相手を師と…
アーカイブへのアクセスには、人間の歴史を踏まえた教養が問われます。 歴史も、文学や映画、演劇も、そのためのものでもあります。 違う時代、違う世界、違う人間から何をどれだけ学ぶかです。 他人の人生を追体験することで、豊かになれるのです。それらは…
誰もがわからない状況では、わかる人を捜して見つけ、そういう人につくしかありません。人は、自分がわからないときでも、わかりそうな人は、わかるものです。 世の中には、自分の知らない情報の真偽がわかる能力をもつ人がいるのです。ですから、正解のわか…
経験知は、現場での応用です。それは、個別なものです。 それに対し、根源への問いは、思考したところで、原理として共通するものです。
気が向かないときには、どうするのかというと、気が向くようなイミテーションをします。 それでも気が向かなければ疲れているか、他の理由、原因があるのです。なら休めばよいと思っています。もちろん、その分、先でとり返すために、という意識をもちつつ、…
スクールのように規格化すると、習う人は、おのずと均質化されていきます。つまりは、平均化、学校化です。下位からみると実力アップですが、上位からみると、真ん中という低い方へ合わせることになるのです。 発表会などでも最初は、できる人だけのステージ…
トレーナーを手本に、相対的な能力を他人と比較して磨いていくのは、わかりやすいし、伸びた気になります。それゆえ、安易で大して効果のないものともなりやすいのです。 そこを目標とするのではなく、そこをスタート地点とします。 それこそが、他のスクー…
できるだけ自分の心身によせてレッスンやトレーニングを位置づけましょう。 生きる力、パワーがそがれると、何のための声、歌なのかとなりかねません。
普通は、問題があって、その解決にいらっしゃる、それは当然です。 しかし、学んでいるうちに、もっと根本的な次元で出てくる問いに触れます。 すると、そのために続けていくことになります。 そのうちに、最初に問題としていたもの自体は、そのものがなくな…
問題を解決しに来た人は、そこに囚われています。 「そこが解決したらよい」、「そしたら、やめる」とか、「そうするまで続ける」など。そういうのは、理の世界に持ち込んでいるからです。 学者や研究者ならよいかもしれませんが、そのままでは、大きな飛躍…
この世界、何となく魅かれて入ってきて、ずっと続けている人も多いです。 そういう人は、いろいろと具体的な問題を抱えて解決したくていらっしゃる人よりも、むしろ、長く通われます。 一見、問題意識がないとか緩いようにもみえる人も多いのですが、結果と…
難を避けてうまくいっている人の方が、追い込まれて悩み、行き詰っては乗り越える人よりも楽です。 つまり、問題が起こらないようにしている人は、問題が起こっては解決している人よりも、すでに先を行っているということになります。 それが動物的な嗅覚で…