声の大きさは、自分の歌を相手に伝えるために、表現上で必要とされることの一つにすぎません。自分のメッセージが上手に伝えられるならば、歌はそれで充分です。むしろ、声量をもって、歌の効果を損ねるのはさけるべきです。声のよい人、声量のある人が、あまりよい歌い手にならないことが多いのは、声や声量や共鳴を聞かせたいと思うからです。どんな武器も、繊細に使えなくては、無意味です。
激しい気持ちを表現したいときでも、大きな声を出さずとも表現できるなら、その方がよいでしょう。実はそのほうがずっと難しいからです。つぶやくように小さな声で表現が保てるためには、そこで体を使えなくては通用しません。そういう歌い手は、歌にはさほど使わなくても、大きな声の出せる体と繊細な表現を構築できる神経を持っています。
つまり、器(ここでは、フォームといってもよい)というのは、大きくつくって小さくできますが、その逆はできないのです。自分の感情をよりストレートに伝えたくなってくると、それなりに大きな声も必要となってくるでしょう。ですから、声量の幅をもつことは、より豊かな表現ができる可能性をもつといえます。