誰もが歩いたり走ったりしていたらオリンピックに出られるとか、記録をつくれるわけではありません。高いレベルを求め、自分自身の不足を補い、能力を早く手にいれたいとなると、無理が生じます。その無理を承知の上でセッティングするのがトレーニングです。私は「トレーニングは必要悪」と言っています。
今の器を大きくするのは、今の形を壊すともいえますが、違うものをゼロからつくるのではありません。ベースに今のあなたの声があります。その最大の器をみます。そのまま全方向へ伸ばすのではなく、ど真ん中の声をみて、そこをつかみ直して、可能性をマックスにしていくのです。
野球で言うと、ストライクゾーンを拡げるのではなく、もっとも力を発揮できるコースを絞り込んで、自分自身のストライクゾーンをセットしていくようなものです。それが資質や応用性に恵まれていて、ルール上のストライクゾーンを包括するくらい大きくとれる人もいれば、その半分くらいしかとれない人もいるかもしれません。
しかし、勝負すべきは、広さではなく強さなのです。
声の広さというと声域になるのですが、ヴォイトレでは、高音を目的にトレーニングをする人ばかりが目立ちます。そのためのトレーニングとやらは、長い目でみると、方向違いになりかねません。トレーナーの指示とメニュで、一時的な上達に長けてしまうことも少なくないのです。
高い声が出るようになっただけ、声質(音色)やコントロールは、初心者のままという結果です。何年たっても、そうであれば、プロセス、そしてその目標のセッティングが違っていたのです。