夢実現・目標達成のための考え方と心身声のトレーニング(旧:ヴォイストレーナーの選び方)

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に  バックナンバーは「夢実現・目的達成のための考え方と心身声のトレーニング」をご覧ください http://bvt.txt-nifty.com/trainersen/

13.知識/医学/科学

国際比較という視点☆☆

「声を嗄らす準備はいいか」(WカップCM)は、日本人にしか考えつけないコピーです。私としては、共鳴できないフレーズです。 音声において甘いレベルの日本では、国際レベルに出ていくのは、今のところ難しいところです。それでも、かつては、芸や芸術とし…

声での支配

欧米人にとってのスポーツが、その階層社会の最上位であった貴族階級の体づくり(体格、体力、闘志)に基づくものであったことは、よく知られています。弁論をはじめとする声での支配もしかりで、ともにエリート育成のためという同一線上の目的であると思い…

身体能力としての声☆

声は、身体の能力の一つです。インターネット普及の前に電話網がありました。電話は、声を、そこにいない人ともつなげました。声がつながった瞬間、実際の距離は意識からなくなります。バーチャルなお茶の間に相手と二人でいられるようになったのです。世界…

日本人の声のパワー

応援でもよい、デモでもよいでしょう。声を使うこと、使う場をみつけてください。行き過ぎると暴力をも引き起こすし、そのまま暴力となりかねないのも声の力です。とはいえ、そのパワーのレベルは落ちてきています。特に日本では顕著です。50年前なら、会社…

声の発生と普及☆

原初的には、声は、「危ない」「逃げろ」など、仲間内で使ってお互いを守ることから、集団でする狩りや戦いの場における重要なコミュニケーションツールでした。 そのため、そこでパワフルな声をもつ人、パワフルな声を持つ民族が、生き残ったともいえます。…

声を使えなくした

以前は、カラオケで喉を痛めたという人が多かった。それをカラオケポリープと言ったものです。歌手や役者もステージが続くにつれ、そうなった人は多数いました。無知だったのではなく、それだけ全力で、声を使っていたということです。今は、うまくなったり…

戦いでのパワー

戦いで武勲をあげるには、名を名のらなくてはなりません。昔は、誰が活躍したかは、録画で確かめられませんでした。リーダーは、声が届かなくては、荒々しい集団を統治できなかったのはずです。声や太鼓など、音の共鳴力が、武器や人数といった基本の戦力を…

科学についての結論

「科学は、気の向いていない人に真実を飲み込ませる唯一の方法」とマズローは言いました。つまり、本当はそうでないと思う人が科学によって騙されるということです。でも、騙されたことに気づかないからこそ、偉業が成し遂げられることがあるのも事実です。…

理論からの脱却

しぜんにできてきたものを理論化して、発表している人でも、そこで、その無理さ、限界や制限をわかって、疑い、次へ進もうとしている人と、自分のが完全な理論だと有頂天になっている人とは勝負になりません。むしろ、しぜんにできたままの方が、そのままで…

理論の使い方

どんな理論も、それをつくった人がつくり出した背景や状況があります。それは一部しか公けになっていません。どの理論もすべてに通用しないし、現実は、理論に落とし込めるほどシンプルではないのです。 さまざまな仮説は、自らの叩き台になります。全く使っ…

偏りをつくる

偏りのない人はいません。そういう人がいたとしたら、その表現はすべての人に無力に思うのです。私のところはあらゆるタイプの人、他のスクールやトレーナーでは通じないような人も多く来ます。そこで、トレーナーやレッスンについて偏りをなくすよう努める…

分析の限界

私は、声のレッスンを科学的にも分析してきました。実験科学のようなものです。いくら何をやったから(方法)、こういう効果(結果)が出たといっても因果関係は証明できません。 学会などでは「十数名に実験したところ、この方法を用いると半分以上の人がよ…

当てはまらない人

天才的な人、オリジナリティあふれる人、これをプラスの極とし、人並み離れてうまくいかない人、鈍い人、これをマイナスの極とします。この両極の人には、メニュは、ほぼ当てはまらないのです。これを一本の線上に並べてプラスマイナスの極とみるよりは、平…

トレーニングにおける効果について

私は、考えるとあたりまえなことを、なぜ多くの人は考えずに人に聞くのか、人に聞いて、それを鵜呑みにできるのかを不思議に思うことがあります。 私もいろいろ聞かれる立場なので「私はこう思う」と言うこともあります。研究所でトレーナーが断定しないとし…

体の復活

達人の域の手技をもつ先生が来所されました。そこで体験したことは、武道にも通じる、神経というか経絡というか、ある感覚を思い出しました。 誰しも年齢を経ると日常のなかで、老化に抗うことを考えます。1年に1パーセントずつ、筋肉が動かなくなっていくと…

性と声

ほとんどがマニアックなため、研究されず、実践だけされている分野では、喘ぎ声、いわば閨房の世界です。しかし、これは芸能やショービジネスに、まさに直結しているものです。ヌードが芸術にまで高められたのに対して、声では、いささか貶められているよう…

求愛の声

求愛のために、使われたのはメールや手紙という文章、文(ふみ)の前に、ことば、呼びかけ、歌謡です。その前では、声の響きだったでしょう。セレナーデのように、異性に呼びかけ、自分に関心をひく慣習は、今のカラオケにまで引き継がれています。 そこでは…

眠りの声

「喜怒哀楽」と言いますが、喜び、楽しみと、悲しみと怒りは、ことばや語がなくても伝えられます。伝えなくても自らで発することができます。表情だけでも区別できるほどです。目や口も、体の姿勢や振るまいとともに、口内で息と声が、それに伴う音を発する…

ダンスのように

リズムは、心臓や脈拍、呼吸の動きと、足を蹴る、ゆするなど、くり返しの動きから生じてきました。もちろん、風や雨や川の流れなど、自然の音から入ってきたリズムもあります。 メロディの先駆けとなる節(ふし)も、まわりの音や自分の内部感覚から心地よく…

日本人の音声力の弱さ

日本人の音声力の弱さと、その原因について、別の面から指摘をしたいと思います。これまで、私が述べてきたのは、日本人、日本の特徴として次のようなことでした。 島国の村社会での生活。小集落。 アイヌなどとの混合はあったとはいえ、比較的、移民、流民…

水分のとり方

世の中には、声のためにも、喉のためにもいろんな薬やツールが出回っています。アメ、水、嗜好品、加湿器、喉スプレー。そういうものを使う分だけ、あなたは、ひ弱になり育たないことにもなりかねません。 例えば、発声のための喉の状態をよくすること、声帯…

トレーナーを先生としない

トレーニングは常に、形から入り、形をとり、(固定する)その形を取る(解決する)。そして、また1、2、3…と繰り返すのです。 私たちもエビデンス(証拠、論拠)を求められることがあります。提示できることもあれば、できないこともあります。ハッタリも、…

理論、ことばの無力さ~声帯振動

研究所にある、たくさんの声の測定器材を、PRのためには利用していません。そんな程度のものだからです。 最近は、生じかじった理論がトレーニングの邪魔している人が、本当に多いのです。自分の成長のためにあるトレーナーや理論(この場合、説明なども)が…

音声学と理想モデルの違い

私が参考してきたのは、音声学です。特に生理学と物理学的でみた喉と共鳴のモデルです。これは、トレーナーが知っておけばよいもので、レッスンでは副次的なものです。ところが、世の中での科学知識重視の傾向で、理論を知らないのは不安だから、知って安心…

研究

私の研究は、ヴォイトレの両極です。 1.心身のモデル、一般的でなく、その人特有なものとして、その中のベストヴォイスを追求する。 2.演奏表現への応用、そのイメージと技術の能力の育成。声は「うまい、器用、正しい」でなく、その人の体、心に合ったオリ…

飲食物のよしあし

食べものに関しては諸説ありますが、大して気にすることはないでしょう。辛すぎるものや刺激の強いものなどはよくないという人もいます。声を出す直前でなければ、あまり関係ないと思います。声帯に直接、飲食物はふれないのに、おかしなことをいう人が専門…

中途半端な知識、理論が邪魔する

昔、私の講演にきた、ある専門家が、「ピアノの真ん中の音は、なぜ人間の話す声の高さと同じなのですか。」と聞くので、「私は人間がつくったから」と、答えました。 なぜピアノが両手で届く幅しかなく、20オクターブものピアノを作られないのかは、わかりま…

分析は何も生み出さない

よいものの要素分析はできますが、分析からよいものは生まれません。 この例は、正しい発声法をいくらそのしくみから解明しても、万人に効果のあるトレーニングにならないことに、顕著に現われています。間違いを防ぐために使われる科学的な理論などは、正し…

すぐれたアートとハードトレーニング

本当に人の心に働く声は、あなたの内面からしか変わりません。外面から変えるマニュアルや方法は、ただのきっかけか、一時しのぎにすぎません。もちろん、それも使いようによっては有効です。技術やスキルともなります。 すぐれたアートが出てくるには、あな…

科学的説明の限界

たとえば、いかに高音が周波数で決まるから、そのように声帯の振動をどうこうでしょうといっても、人間が反応する高音は、音響技術のようにはいきません。 私たちは、現実には次のように声を使っています。表現として強めたいとき、息は強く吐かれ、声も強く…