人は、すべてを経験することはできません。早熟で世に出る人などは、生きてきた時間もそのことに接した時間も、長くその道にいる人より短いのです。だから、よほど努力しないと続きません。
プロに1万時間が必要といっても、2万時間や3万時間を経たからといって、皆がプロになれるわけではありません。そこでは、質的転換が求められます。
レッスンとは、練習を時間として重ねる場でなく、その方法を知ったりチェックしてワープのきっかけを得るところです。時間そのものを変えてしまうのです。
大学は象牙の塔と揶揄されていました。それは現実の世界、ステージでなく、イメージ、あるいは、ことばの世界だからです。そこから実践すると、出てくる矛盾を乗り越えようという力が磨かれていないのです。