発声の理想の状態は、結論からいうと、ゾーンに入った感覚です。我が消えて自分が世界、宇宙の中心という神の媒介のようになった至福感に満たされ、そこに方法も術もないのです。それは、使えるようになるために使うもので、使えた時には消えます。消えないと困るのです。
声は、出して出せないものより、出していないのに出ているものとなるのでしょう。それを得るためには、考え方でなく感覚と体が必要です。それは、私がフォームと言うものです。構えといってもよいでしょう。
呼吸法は呼吸として発声法に組み込まれ、発声法は発声として共鳴していくのです。そこでの境はなく、同時に生ずるのです。そこで意識は無となり、感覚と一体になります。その一連の動きを邪魔しないようにするためにレッスンがあるのです。なのに多くのレッスンは、逆に感覚と意識を分けてしまうのです。もっとも気をつけるべき点の一つです。