心身も楽器も使い方も違ってこそ、魅力あるあなたの声と表現なのです。
ですから、そのトレーナーがどう評価されていようと、あなたが独自の価値をそこから得られるようにしていく、真価は、そこにしかありません。そういう結果が出ることで、私はここのトレーナーを評価します。
私も、師、先生、トレーナーから、他の人がとれなかったものを自分だけがとったという自負があります。そして、その結果、私の声もまた、誰かが一声で認めてくれます。しかし、別の誰かは気づかないこともあり、万人に万能な結果としては、存在していないのです。
声を価値とみない人もたくさんいます。日本では特にそうなのです。それゆえ、独特であり得るし、存在感も保ち得るというのは、皮肉です。
一人ひとりが個性的な声の魅力をもつ率がとても高い地域もあります。ある国、ある民族やある芸能関係などです。
日本は、残念ながら芸能、芸術関係で、そうではなかったし、そうではなくなってきた声の表現においては後進国です。
(個としてはともかく、声に魅力的なスターはいたし、集団としてではあっても、評価の価値観が確立していたケースも多々あったとはいえますが。)