2024-11-01から1ヶ月間の記事一覧
楽器としての声の違いは、指導しているトレーナーには、わかってきます。 ミュージカル出身者やオペラ出身者がよいのは、同じ曲を歌うので、他の人と常に比較にさらされていることです。他の人の成長も見ています。コンクールもあります。 そういう人は指導…
今までのなかで、このタイプの人に、このやり方をとったら効果が上がったとか、上がらなかったなど、知識は蓄積していきます。ただ、それは、技術面だけです。 毎日の努力やフィジカルの変化、メンタル的なことは、それぞれに全然違います。
ここは、複数トレーナーでの担当なので、組み合わせには、いつも迷ってきました。 試行錯誤しながら10年、20年と経ってきたら、さすがに、ほぼ適任者や方針がわかるようになってきました。 これも、一人でレッスンをせず、トレーナーの体制を第三者としてみ…
20代は身体が変わっていくので、トレーニングの効果は個別にかなり違ってきます。10代では、もっと違ってきます。 その年代では、ベースの部分で積んでいくことを優先させるべきです。 あるいは、応用しまくって、よいものをたくさん聞き、歌い、本格的な基…
レッスンの効果が上がっても、他の人だったらもっと上がったかもしれないし、それが逆効果になっている人もいるかもしれないのです。 歌の場合はこういった検証がなかなかできません。総合的に問われるからです。 そこで要素ごとにきちんと分けて、考えてい…
ヨーガでも瞑想でも、なんでも学んでいくことは、よい勉強になるでしょう。 それを参考に、レッスンの中で学んでいくと、理解しやすくなることも多いでしょう。 体験をプランに結びつけることが、大切です。
朝から、一日をどういうふうにする、というのも、ノウハウです。 歌うだけが、練習ではありません、 自分の身体をコントロールするノウハウを持つことです。
一声めから、よい声が出せる人は少ないものです。 一般の人はそこまでいくのに、かなりの時間がかかります。 ウォーミングアップして、かなり調整して準備しないといけないのです。 それもノウハウです。 他の競技でもあたりまえのこと、スポーツの競技で、…
大切なことは、トレーナーに合わなかった人は、なぜ合わないのか、 どうすればよいのかを徹底的に検証することです。これは、メソッドやメニュにも通じます。 優秀な人はどこでも優秀なので、どこにいても伸びるのはあたりまえなのです。 問題は、そうでない…
総合的な体制で見ることも必要です。 そうでないと伸びる人だけが伸びていくのですが、合わなかった人は伸びずに出て行くでしょう。出ていったあと、再度、ここにくる人もいますし、ここを兼ねて、別に習いに行く人もいます。 それでも、ここだけで、違うト…
どんなトレーニングも、その結果はでてくるものです。 10年たって、どうなっていったか、レッスンした人がどうなっていったか、 結果を出していなかったら、そこは続いていないのです。
声は、もっとも検証ができていないものの一つでしょう。目的もトレーニングも、そのプロセスや結果も。個人差も大きいです。 アスリートは、スポーツトレーナーについていますが、スポーツは試合で勝ったとか、タイムが更新できたなどと結果がわかりやすいで…
今は、自分にとって一番武器になるところだけを取り出せるように目指せば、 あとは音響技術でカバーできます。 コラヴォレーションして、苦手なところは、 どんどんとプロに助けてもらえればいいのです。
本来は、感覚の鋭さ、それに自分の声をどう伴わせて扱うかが、一番、大切でしょう。 そのトレーニングの段階では、バックグラウンドをどう入れていくかの方が、 表面的に声がどれがいいとか、高い音、大きな声がでることなどよりも大切です。
ともかく、新しいことを思いっきり、やればいいと思うのです。 私は、そこに自分の価値観をいれようとは思わないです。 声さえきっちりできていたら、それを好きに使ってもらえればいいのです。 それだけで表現も作品も大きく変わるからです。シンプルに、パ…
舞台では、なぜオリジナルにやらないのかと思うことが多いです。 現実では、客の受けに甘えがちです。 現場をみれば、お客さんが保守的で似たようなものや昔風なものを欲しているから、やむをえないのでしょう。なによりも、それを裏切ってリスクをとり、成…
演出サイドの人や出演者は、全体の舞台で見ています。 私は、トレーナーとして招かれるので、まずは音声だけで見ます。 しかも将来と結びつけて判断しますから、そこで違いが出ます。 でも、求められるのは、現時点なので、そこでできることで実践します。 …
よりよくすることができるのにしていないケース、 それは別のことを優先させられている場合が多いので、仕方がないこともあります。 ただし、少なくとも、自分がいろんなものをみるときに、 もしこうだったらもっとよくなるはずだ、 こうではないはずだ、と…
まわりの人が、どう言っても、もっとも深いところでつくりあげましょう。 自分の思う正解があるかといえば、そういうところは確かにあるでしょう。 ただし、どのレベルかです。 それが低いのなら、投げ出すことです。 レベルをあげるために優れたものに学ぶ…
どうも、いまだに向こうに合わせるのが、正解になってしまっています。 客が望むものにプレーヤーが妥協するのでしょう。超えようとしません。 自分の感覚で判断する力で、最高を求めないなら、成立しません。 まず自分のものをちゃんとつくることです。 そ…
クラシックでオーケストラがつく場合、原調は、はずせません。お客さんも、歌手のキーに合っていなくても高すぎる、低すぎる、といえないのです。 ただし、それ以外では、変えられます。歌い手に合わせ、変えるのが、当然です。 向こうでは、そのテンポが普…
たとえば、ミュージカルの「エヴィータ」で比べてみます。 劇団四季のでは、映画版のマドンナ、バンデラスのよりも、半音高いです。 ミュージカル役者のベストの表現をリアルより、歌唱技術に頼ろうとするからです。 歌唱の表現力を優先するなら、一人しか歌…
ミュージカルや劇は、西洋から入って来たものです。 今では、舞台装置、演出は、同じくらいに立派になりましたが、実質、リアリティから離れています。日本では、むしろ、形式主義に陥ってしまったかのようです。
日本人は、実力において、特に声の力がないから、形を借りて、舞台らしく仕上げるのに長けたのでしょう。 華やかな照明やきめ細かい舞台装置、繊細な音響でカバーします。 その分、人間そのもののドラマトゥルギーが成り立たないケースが多いのです。 音や声…
欧米に声のノウハウがあるということではなく、彼らの方が音声コミュニケーションで厳しいということです。 身体を入れて、長く一気に、しゃべらなければ相手に伝わらないからです。 音声に対しての生活環境の厳しさが違います。他民族、多言語に気候風土な…
日本のミュージカルでは、日常から離れたものをいきなりもってきたところで、それに対応できるキャパシティがないのです。 かつての演劇と同じく、日常生活での音声が弱いため、舞台の特殊感が拭えないのです。個人的能力では声のベースが広くないからです。…
イタリア人がオペラを歌ったり、アメリカ人がミュージカルをやると、セリフから自然に歌に入ります。なのに、日本人では、突拍子もないような飛躍感での違和感があります。 第一に言語のリズム、第二に声が変わるからです。
サラ・ヴォーンの歌唱を、音程やリズムのトレーニング兼ねて、使います。そこで、感覚に構成や組み立て、展開などが聞こえてくるかどうか、です。それは耳ができてこないと難しいし、私たちトレーナーが正解を知っているわけではないのです。結果として、そ…
ポップスはそんなことはありません。声域ということさえ考えないで、ある程度までできます。その辺は当人の価値観にもよります。歌い方に関しても、他の人がやらない、できないのが一番いいと思っています。
クラシックでオペラをやっていこうという人だと、向こうの世界から決まっていくものがあります。この役割で、こんな輝きを期待されているなど。 テノールの音域でバスの声質だというような人は不利になるでしょう。