夢実現・目標達成のための考え方と心身声のトレーニング(旧:ヴォイストレーナーの選び方)

声、発声、聞くこと、ヴォイストレーニングに関心のある人に( 1本版は、https://infobvt.wordpress.com/ をご利用ください。)

固めるな

再現性の判断で、もっとも間違いやすいのは、何回も同じようにくり返せるということが、逆に何回もくり返せたら正しいと思われることです。例えば、声量をミニマムにしたら30分ももたない発声でも、何時間ももたせることができます。「同じ声で」ということを意識すると、基本に基づいた深い声となるよりも、固めてつくった声になりやすいのです。わかりやすいのは、声量のある声、通る声で、ずっと何時間も通せるかということでみるとよいでしょう。

 私が「歌声」ということばを使うときは安定するために固めすぎているという、よくない意味のことが多いのです。クッションを入れて、息声でせりふを読むのに似ています。

 確実性だけをとると、ある程度コントロールもされている出し方ができるのですが、一体ではないことが多いのです。体や呼吸とともに育っていく声、可能性のある声でなく、限界を設けてその手前で切り取った声です。極端に高い声とかハイトーンで3オクターブ以上の声がすぐ出るなどというヴォイトレは、これを狙ったものです。

多くのトレーナーや本人は、そのような声が正しい発声で解放した声だと思っています。それまで、もっと喉で固めた生声を出している人は喉を解放し、共鳴に固めたのですから、解放感はあります。共鳴を固めるは、焦点の絞り込みということでは、一時、ヴォイトレの目的にもなるのでややこしいのです。

 カラオケなどなら明らかに上達したようにみえるからです。そこからのアプローチが有利な人もときおりいるので、応用のようなファルセットや裏声からの入り方も私は否定しません。しかし、そこが目的になると、響くだけの声を響きを抑えた声にしただけで、特にことばやリズム、強弱、つまりメリハリの方で限界になるのです。表現力の支え、本人の個性のよりどころを失ってしまうのです。