研究所での当初のトレーニングは、プロに対しては調整や共鳴、アマチュアに対しては作品のフレーズコピーから行いました。後者は、本人の資質と勘の鋭さが成否を分けます。マニュアル漬けのレッスンやトレーニングとは大違いです。
武術が武道となり、健康法となるのはよいことです。その健康法で実戦を戦えると思っているようなのが、今の声のレッスン市場のように思われてなりません。ピアノの演奏中、ピアノのタッチにばかり気がいっていたり、指と鍵盤との角度ばかりを気にしたりしているようなものでしょう。
私の研究所は、声の病気のリハビリの人も受け入れています。声の仕組みを知り、自分の喉の状態を気にするようにアドバイスします。しかし、それはトレーニングのためで、頭の中ばかりが拡大していくのはよくありません。ヴォイトレに関わることで、メリット以上にデメリットをもたらしていることはないでしょうか。
私やここのトレーナーの喉は鍛えられた喉です。形成のプロセスや自覚はそれぞれに違いますが、普通の人の何倍もの声を集中して使ってきたのです。
それを、すぐにそうならないからと、医者やトレーナーを巡っているような人が増えました。そのメンタリティの問題を、医者はともかく、助長しているトレーナーが多くなったようで気になります。