歌手よりもものまね歌手の方が客を呼べて食べられる―これは歌手に歌の力、声の力が落ちた、ものまね芸人の声の力と想像力が上がったこともありますが、まさにプロの歌そのものの力が落ちたと認めるべきことなのです。
初回に、体から声の出ている人をみることが少なくなりました。以前は、荒っぽいのを丁寧にでしたが、今は、逆を求めなくてはならないくらいです。トレーニングが、その上にでなく、一般レベル、人間として必要な声の獲得に下がってきています。一方で、相変わらず歌のヴォイトレだけ、何オクターブ出すか、どこまで高い音が出るか、点数がどこまで上がるかを目指しているのです。それを求める人と満たそうとするトレーナーの間だけで成り立つというのに、です。個性とか、その人の可能性のある声とは別のゲームになっているかのようです。
もはや、トレーナーはヴォーカルアドバイザーやカラオケアドバイザーでなく、ヴォーカロイドアドバイザーになっているのかもしれません。それを必要とされる現実もあるので、そこはそれでよいと思っています。ともかく、研究所でも、そういうニーズにも対応しています。基礎があれば応用できる、ということで、あらゆる問題にトレーナーも取り組んでいます。
芸術は、医術であり、宗教であったわけです。これからも、この日本で、多くの人により深く役立つ研究とレッスンの場を提供し続けたいと思っています。よろしくおつきあいください。