研究所や私やトレーナーは、最初は外にあるきっかけの一つにすぎません。それを利用して大きく変わればよいのです。そこでのメリットやリスクも、やる前に個別に説明しています。人によって違うからです。
変わるとか変わらないというのでなく、大きく異なるほどに変わるのは、自分が決めるということです。変わろうと思わなくても変わっていくのが理想です。変わっても元と違うものにはなりません。いや、なってもよいでしょう。ヴォイトレで表面的にどのように変えても本人の声なのです。スーツを着て敬語を使っても、一声聞くと、その人のままなのです。いつでもやめられるし元に戻れるのです。
それが異なったものとなるには、相当な修行のレベル、年月と練習量がいります。それを誰も強いません。
あなたの日常が変わらないのに大きく変わることはありません。小さく変わっていくのでもよいのです。変わるというのが怖いのなら、だからこそ変わると使っているのです。それは器が大きくなるということにすぎないのです。その大きさを、私もそれなりの人もみています。声の器のことです。