研究所では、楽器の他に音の鳴るものがたくさん置いてあります。その結果として、宗教的な道具が多くなったのです。私も、月に何回はどこかの神社か寺を訪れています。何となく、そういうものと通じたものがないと、他人の出してくるものの判断をしにくいと思っているのかもしれません。
スタジオは、私がつくり、管理しています。そこに何百人の人々の足跡があって、場の力があります。これが無機質なオフィスの会議室や学校の教室では、声も歌もしぜんのパワーに欠けるのです。他の大きな力の助けなく、私と参加者のテンションだけで行うのは難しく思うわけです。
ヴォイトレは、一つのチャンス、機会に過ぎません。それで気づいたり目覚める人もいれば、変わらない人や、狭く固まっていく人もいます。続けていくと、ますます有効に思う人もいれば、そこそこの効果でやめる人もいます。
ヴォイトレにもよりますが、全てをよく変えるきっかけとして利用できる人は本当に少ないものです。そのためには、悩み、迷い、苦しみ、どうしようもなく行き詰ってしまうこと、壁に直面すること、挫折をくり返せることを恐れないことかもしれません。